米国の法執行機関〜20年目の追記〜


1.はじめに

ケラーとアギラルはのっけから衝突した。
「あなたの国の組織図は」
ある日、単純な盗聴の許可を得るために、三十七回の覚書を取り交わしたあと、ケラーは言った。
「一日放置されたスパゲッティみたいですね」
「わたしは新鮮な食べ物しか口にしない主義だが」
とアギラルは答えた。
「おたくのおかげで国境の向こう側について、正確な描写を教えてもらった気がする。
DEA、入国税関取締局、FBI、国土安全保障省、さまざまな州レベルと市町村レベルの法執行機関。正直、その表現は思いつかなかったな」
ドン・ウィンズロウ「ザ・カルテル」(角川文庫)P156 より


アメリカの警察小説を読むと、「市警察」「保安官事務所」「州警察」「連邦捜査局」など様々な法執行機関が登場する。県警と麻取、海保、労基くらいしか登場しない我が国の小説に比べるとなんと多様なことだろうか。

ゆえに、なかなか仕組みが頭に入って来ないことがある。
このインターネットの時代には、検索すれば大まかな答えは手に入るが、自分で調べた情報をまとめておきたいと思い、備忘録のようにこうして書き残すことにした。

2.警察官?保安官?

I shot the sheriff 〜♪(俺はお巡りを撃ったぜ)
But I didn't shoot no deputy〜♪(でも保安官代理は撃ってないぜ)
「アイ・ショット・ザ・シェリフ」(ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ、1973)


(1)警察官(Blueのお友達)
警察官(Police officer)とは文字通り警察署に勤務するお巡りさんのことである。
予備警察官と訳出される制度(本邦の消防団員のような仕組みだろうか?)も市によってはあるが、そこは除外するとして、基本的には基礎自治体たる市の一機関として警察部門が存在し、そこに雇われた自治体の職員という身分である。
日本においても警察は都道府県の一機関であり、都道府県職員と同じ身分ではある(警視正以上は国家公務員になるなど警察法で異なる扱いが生じる部分はあるが、本稿の範囲外なので割愛する)。
市の一機関として運営する以上、ある程度の規模がある街(市)でないと設置されないらしく、目安としては人口10万人程度でようやくまともな人員が配備できるようではある。
このあたり本邦の自治体消防に似通ったものを感じる。もっとも一部自治組合のような仕組みはアメリカにはなさそうで、州警察に治安維持を託す市もあるようだ。
そして警察学校(Police Academy)まで備えるとなればロスアンゼルスやニューヨーク、シカゴといった世界都市レベルでないと難しいようで、多くは州の警察学校を出て州内の警察に勤務する形態となる。
州を跨いでの転職も盛んなようで、アラスカ州の警察に密着した米リアリティ番組にはコネチカット州の街から転職した女性警察官が登場していた。
なお警察は自治体以外にも港湾や鉄道、大学、公園など一定規模の法人に存在するので、大学警察(「死の教訓」ジェフリー・ディーヴァー)や地下鉄警察(「私刑」パトリシア・コーンウェル)などが小説で時折お目にかかる。
余談だが、サンフランシスコ市立大学に留学していた友人曰く、同大学の警察は覆面パトカーを1台しか保有していないので内偵がすぐに露見し、駐禁取り締まりが機能不全になっているとのことであった。さもありなんである。

(2)保安官(Shire Reeve→Sheriff)
保安官(Sheriff)とは郡(County)に置かれる司法警察権を司る役職である。郡の無いアラスカを除いて49州にあり、基本的には公選制である。当然保安官1人だけでは仕事が回らないので、通常は保安官代理(Deputy、保安官助手とも訳出される)を任命し各業務に当たらせる。
警察機能のみならず司法権も扱うので、郡裁判所の下で差し押さえや囚人の移送、未決囚(拘置所)の運営や看守の業務まで扱う保安官代理達もいるようである。
(サブプライムローンが弾けたリーマンショックの折り、クリーブランド郡保安官事務所が債務者の自宅を差し押さえる場面をテレビ朝日のニュースステーションで観た記憶がある。オハイオのクリーブランドだと思っていたが今検索するとクリーブランドは市警察がある…郡ならカヤホガ(Cuyahoga)になるので、あのクリーブランドはノースカロライナくんだりまで取材に行ったのか…?)
例えば全米最大の保安官事務所であるロサンゼルス郡保安官事務所(職員数10,000人越え)では、採用後4年程度は郡拘置所や郡刑務所で看守を行わせ、犯罪者(拘置所でこの表現は語弊があると思うが)の生態を目の当たりにさせ法執行官としての意識を養うらしい。
(鳩行為や虐待など、不慣れな若者に看守させる弊害が出て近時ではこうした養成課程は取り止めたという噂もある。T・J・パーカーの小説やM・コナリーの小説より)
それでなくともアメリカの拘置所・刑務所は、特に州・郡レベルで腐敗が横行しており、携帯を使わせたり、暴行を見逃したりなど、内部の惨状はかなりのものだという。囚人らがギャング化している(人種によってどこかに入らないと死ぬ)ことも相まって、高齢者介護施設と化した本邦が平和に思える環境である。なお囚人間の通貨は昔は煙草、今はカップ麺なんだとか。刑務所だけで章立てしてそのうち加筆しようかしら

保安官助手として採用されると、制服着用の外勤警察官として勤務し、次第に捜査や管理といった内勤に登用される流れは多くの自治体警察と同様と思われる。
捜査部門が独立しておらず、制服を私服に着替えて内偵捜査する郡保安官事務所も規模によっては存在する。
これは小規模警察も同様ではあろう。また小規模にとどまらず最近ではLAPDが制服と私服を上手に使い分け、分署ごとに遊撃隊のように編成している班があるとも聞く。
本邦でも地域課の若手を刑事課が応援に呼ぶことはままあるようなので、このあたり組織として洋の東西を問わず融通は利くのだろう。

3.連邦法執行機関と州法執行機関

(1)連邦政府(Gメン)
『あんたは連警フェデラルの事件に違法侵入しているんだ。
この場合のフェデラルというのは、大文字のFではじまる組織のことだ。おわかりか?』
『ファックユー。きさまは大文字のFでファックされるがいいさ。おわかりか?』
マイクル・コナリー「暗く聖なる夜(下)」P28(講談社文庫)より


ア.連邦捜査局(Bureau)
あらゆる創作に登場する世界一有名な法執行機関である。Federal Bureau of Investigation略してFBIであるが、形式上は司法省傘下の一機関である。
1900年代の創設以来、中興の祖で映画にもなったJ・エドガー・フーバーの手により権限が広がり、人員や装備も充実され、今や総員3万5000人を数え、在外公館にも人員を配置する連邦警察の筆頭となっている。
在外公館に配置されているからといって映画やドラマのように国外での法執行が認められているわけではなく、情報収集やカウンターパートとの交流にとどまるし、日本の警備対策官のような扱いと推察される。
本部はワシントンD.Cだが、バージニア州クワンティコにあるFBIアカデミーも有名である。基本的に修士以上の学歴か法執行機関での一定年数の実務経験が要るようで、幹部にはロースクール卒も多いという。
入局は大変な倍率で、3人の枠に1000人以上が殺到する描写がポール・リンゼイ「宿敵」に描写されていた。
イ.麻薬取締局(DEA)
司法省傘下で、1973年に設立された比較的新顔の組織である。本部はワシントンではなくバージニア州アーリントン。Drug Enforcement Administrationの略称でDEA。
FBIに次いで映画で取り上げられることが多い。ドン・ウィンズロウの国境三部作を読むと設立から現在に至るまで、中米との麻薬戦争でどのような役割を果たしてきたかが伝わってくる。
捜査官だけで5000人の人員がおり、厚労省の一部局で300人程度の人員しかいない日本とは大きく異なっている。
もっとも規制薬物の生涯経験率が大麻でさえ1%程度の我が国と、大麻なら49%にも及ぶアメリカでは、やはり必要とされる人員が異なる、というところでこのような差が生まれているのだろう。
薬物犯罪を扱うだけあって、米国外でも活動しているようだが、国外捜査が合法化されているのかは正直不明瞭なところもありそうだ。
ウ.アルコール・タバコ・火器局(ATF)
酒税、たばこ税は本邦では大蔵省の管轄だが、その発展形がこの組織だろう。 The Bureau of Alcohol, Tobacco, Firearms and Explosivesの略だが、近時はBATFEと言われるらしい。座りが悪いのでATFでいいと思う。
03年までは財務省傘下で(今は司法省)、FBIよりも古く禁酒法時代の取締官が源流とされる。
およそ5000人の人員で本部は首都ワシントン。銃規制を扱い、フルオート規制やピストルグリップ規制など銃マニアからは蛇蝎のごとく嫌われているようだが、それもこれも修正2条の影響があり致し方無い部分も多いように思える。
ルビー・リッジ事件(武装の権利を信奉する辺境の人間と銃撃戦を引き起こした)やテキサス州ウェーコのブランチ・ダビディアンに対する強引な捜査で批判を浴びたのもこの組織であるから、連邦政府の中ではメディアの扱いも良くない雰囲気が漂う。
エ.連邦保安官事務所(U.S. Marshals)
西部劇の保安官バッジは星型だが、その伝統を感じる組織である。
今は連邦政府傘下の囚人輸送や法廷警察権行使を担っている。
有名なところでは証人保護プログラムの運営は彼らの手によるものである。
連邦裁判所ごと(94カ所)に保安官が任命され、保安官補達が実働を担うのは郡保安官に似ている構成である。
人員は4000人程度、本部はバージニア州アーリントン。
オ.国土安全保障省(DHS)
9.11テロはアメリカに強い衝撃を与えたが、法執行機関においてもそれは例外ではなかった。
テロリストの情報が縦割りの弊害で共有されず、テロを許す結果につながったと感じた当時のブッシュ大統領は、危機管理系統の組織や連邦レベルの雑多な法執行機関を統合し、国土安全保障省(Department of Homeland Security)が2005年に誕生した。
有名どころでは国境警備隊、税関、移民局(ICE)、TSA(Transportation Security Administration運輸保安局)、シークレットサービス、沿岸警備隊(USCG)、FEMA(Federal Emergency Management Agency緊急事態管理庁)あたりはこの組織に統合されている。統合したから情報が共有されるようになるなら苦労はしないが、かくして巨大官庁が誕生したようである。
カ.ICE、IRS、FTC…
連邦政府の法執行機関は挙げていくときりがない。以下は興味の範囲で一部を紹介するにとどめる。
先のDHSにも登場した、古くは移民局と表現されることが多い移民関税執行局・ICE(Immigration and Customs Enforcement)はトランプ政権下で脚光を浴び、不法移民を片っ端から送還していて今(2025年3月)が大変忙しそうである。ハリソン・フォード主演映画にICEの名を冠したものがある。
IRSは内国歳入庁という日本の国税局のような組織であるが、マルサもビビるレベルの武装した捜査機関・IRS Criminal Investigation(IRS-CI)を有していてマネロンなんかも取り扱っているという。
IRS-CIで画像検索するとレッグホルスターを吊るし「IRS-CI POLICE」という防弾チョッキを身に着けた捜査官の写真が出てくるので、さすが銃社会である。
Reddit(アメリカの2ch)によるとグロック19辺りが多く、グロック26 が管理職に支給されているという。
本邦でも税関や入管辺りには38口径くらい支給してもいいと思うが、支給されておらず、恐らく使用頻度に比べ管理が負担なのだろうと推察される。そうなると刑務官もいずれ配備が無くなりそうだが…
FTCはFederal Trade Commission(連邦取引委員会)のことであり、日本の公正取引委員会に相当する組織である。
法執行機関と言えるか微妙なラインではあるが、シャーマン法と反トラスト法に消費者保護や個人情報保護も扱っていて、昨今大変注目されている。行政命令や訴訟を活用し、昔はシリコンバレー、今はビッグテックと闘っている。
もともとアメリカは競争政策に熱心で、独禁法の生みの親のような国であるから、その比重や影響力は大きい。行政命令が多い欧州委員会や、課徴金や排除措置命令といった行政罰を用い、刑事罰は軽い執行猶予が多い本邦に比べると、刑事罰にも積極性が見られる。
ゆえに司法省が違反した個人を捕まえ、連邦検事がそれを起訴することで最終的には連邦刑務所にぶち込んでいくストロングスタイルが在米駐在員を抱える日本の各種メーカーに恐れられている。
そもそも司法省に反トラスト局があり、FBIが実働を担っていて各支局にまで反トラスト法の捜査機関があるので、公正競争阻害性に対する彼我の意識の差は如何ばかりかということである。

(2)州政府
ア.ハイウェイパトロール
ハイウェイパトロールという名前の拳銃があるくらい、州レベルの法執行機関として有名である。
インターステート(州間高速道路)を徘徊もとい巡回し、違反切符を切るだけでなく道路上の犯罪全てを捜査している。州によっては後述の捜査局や警察組織があるため、本当にパトロール隊の運用のみの場合もあるという。
ドラマにもよく登場するのはCHP(カリフォルニア州ハイウェイパトロール)が有名だろう。
なおワイオミング州(人口58万)は州警察官が少なすぎて(ハイウェイパトロールは300人程度だとか…)面積が広い(25万平米)ゆえ、ハイウェイで遭遇するのがレアだからスピード違反を心配していないらしい。
鳥取県が同じくらいの人口だが、県警で1000人ちょっとであるものの面積はワイオミング州の100分の1(3000平米)なので、アメリカの法執行機関の弱点は管轄区域が広すぎることだと思う。あとは修正2条かな。
イ.州警察(State trooper)、州捜査局(SBI)
HBOの傑作刑事ドラマ「True detective」はルイジアナ州警察の刑事が主人公である。バッジの形が州の形をしており大変特徴的なのが印象に残る。猟奇殺人を調べる主人公達が、州内の未解決事件を調べるうち、該当事件を所管する郡の保安官から「管轄権侵害で訴えるぞ」と反発を喰らう場面があり、アメリカのリージョナリズム?もかなりのものである。
州を県になぞらえるのはあまり正確ではないが、自治体警察が県レベルにしかない本邦のなんと幸せなことだろうか。
管轄権の話で言えば州警察ネタではないが、映画「ウインドリバー」ではネイティブアメリカン女性の殺人を捜査するのに石油採掘場を訪れた主人公(FBI捜査官)と付添(地元の郡保安官補たち)に対して、採掘場警備員が散弾銃を向けながら「ここはエネルギー省からの借用地だから管轄は無い、出ていけ!」と対峙するシーンは印象に強く残っている。
唯一管轄らしきものがあるFBI捜査官が反論するのだが、完全武装の法執行官たちにキャッスルドクトリンのような思想を掲げ一歩も引かない辺りは開拓時代からのスピリットが体現されているようでもあり興味深い。
ウ.猟区管理官
 州レベルも連邦に負けず劣らず執行機関は多いようだが、取り上げるならばこの職業である。
日本でいう鳥獣保護法や漁業法を所管し密漁者の逮捕や違反切符の交付を仕事にしている。
連邦レベルだと内務省の魚類野生生物局が相当するようである。C・J・ボックスの小説にワイオミング州猟区管理官を主人公にしたジョー・ピケットシリーズがあり、ピックアップトラックに無線機と散弾銃を積み、赤いシャツにカウボーイハットで密漁者を追い、時には馬で出動する姿は本邦に無いものである。
彼の自然を愛し家族を愛し正義を尊ぶ姿もあってとても羨ましいものである。
ドラマ化もされたようだが、おま国(リージョンコード)のせいで観られないのは大変残念である。

(3)VICAP
 私がこの言葉に初めて触れたのはパトリシア・コーンウェルの検視官シリーズのどれかだったと思う。
「凶悪犯罪者逮捕プログラム」という見慣れない用語に(ヴァイオレンスクリミナルアレスト)とルビが振られていたが、読んでもあまりピンとこなかったのでそのままにしていた。
その後、ネットフリックスの「アンビリーバブル たった1つの真実」を視聴していると、連続する性犯罪事件を捜査する自治体警察の刑事がFBI支局員に「VICAP」を用いたいと申し出る場面が出てきた。
支局員は使用を許可したが、捜査機関の入力が追い付いていないからあまり役に立たないだろうと返答しており、このやり取りからVICAPとは殺人や性暴力などの重大事件の情報を全米各地の法執行機関から連邦捜査局が集約し、犯人逮捕に役立てる仕組み(プログラム)のことであろうと見当がついた。
そしてその情報入力が各捜査機関に任せられているので、万年人手不足の法執行機関が入力漏れを起こしていることも容易に想像できた。
Googleで検索するとWikipediaはおろか連邦捜査局の解説ページがヒットするので、翻訳機能が爆発的に改善している現在ではそちらを読んだ方が参考になると思われる。
システムが始まったのが1985年ごろとのことなので、90年代に注目を集めていたからコーンウェル女史も取り上げたのだろう。
なおここまで書いておいて、正式名称は「violent criminal apprehension program」でありarrestでなかったので記憶というのは頼りないものである。

4.司法制度
(1)検察
 公益の代表者(刑訴247条)として公訴を提起する存在である検察官は、アメリカの場合、連邦レベルと州レベルの組織に大別される。
裁判所に対置されるため、連邦地裁には連邦検事が、州裁判所には州地区検事が、郡裁判所には郡検事がいる、という具合だが、小説や映画では地方検事あるいは地区検事と訳出される場合がほとんどであろう。
保安官の時と同じで、検事正ポジションが公選である地方検事(地区検事長とも)で、検事補達が実働を担っている。
地方検事、district attorneyはDAと称されそのトップは先述のとおり公選であることが多い。保安官の時と同じで、検事正ポジションが地方検事(地区検事長とも)で、検事補達が実働を担っている。
LAのような大都市では検事局付けの捜査官もいるらしく、独自捜査やりやすくていいなと思うが、見た感じ警察の補充捜査が多く、本邦の特別刑事部や特捜部のような動きはあまり積極的ではなさそうだ。
それらを担うのがもっぱら州捜査局や連邦捜査局といった上位機関だからだろうか。
こうした地方検事、公選であるがゆえに選挙が近い検事長が人種がらみの事件や大衆の耳目を集める事件に及び腰になる、あるいは前のめりになるという弊害もあるという。
有名大学のアメフト部で起きた性的暴行事件を、選挙を控えた白人の検事長が他人種の支持を得るべく白人選手が起こしたという先入観で捜査し批判を浴びたという記事をニューズウィーク誌で読んだ記憶がある。
しかしながら民主的統制という意味から言えばこの検事長公選制は凄まじい効き目があると日本に住む私は思ってしまう。
本邦における検察への民主的統制と言えば、ほぼ死文化された法務大臣による指揮権発動か、検察審査会くらいしかないし、後者は検察の捜査を押す効果はあっても抑える効果は無いのだから。
Attorney(代理人)という語源から分かる通り、政府に雇われた弁護士という意味合いが強いため、回転ドアのように検事→弁護士→判事と行き来する法曹一元が図られている。
もっともキャリアパスの傾向で行けば検事→判事のように官官が多くはなる模様ではある(M・コナリーの小説に「下級審の判事の多数は検事局出身だから検察側に理解がある」というような表現があるため)

(2)大陪審
 grand juryの訳として大陪審という表現が定着しているが、これこそ本邦に全く無い仕組みなので躓く読者が多いものと思われる。
黙秘権の規定で有名な合衆国憲法修正5条に「No person shall be held to answer for a capital, or otherwise infamous crime, unless on a presentment or indictment of a Grand Jury,(何人も、大陪審の告発又は起訴によるのでなければ、死刑又は自由刑を科せられる犯罪の責を負わされることはない。)」とあり、これが大陪審の根拠となっている。
23人の陪審員により当該犯罪について被疑者を起訴するかどうかの判断がされ、その過程で召喚状(subpoena:サピーナ)が発せられることも多い。
大陪審による捜査は密行性が高く、正式起訴までは封印されることから、捜査をする側にとって強力な武器となっているようである。
もっとも腹の座った対象は「subpoenaなんて怖くない、修正5条で対抗してやる」と宣うのだが(ザ・ワイヤー第2シーズンの労働組合長など)

          〜これさえ覚えておけば召喚されてももう安心!〜

I am invoking my 5th amendment and respectfully decline to answer your question.
(私は憲法修正5条を行使し、貴殿の質問に答えることをお断りします。)
Amazonプライムビデオ「ボッシュ 受け継がれるものS3ep4『黙秘』より」



(3)裁判所
私がけっして連邦犯罪事件を引き受けない理由のひとつが、政府ビッグGが立件しようとしたら、たいていは立件されるからだった。
弁護側が勝利をおさめるのは、まれだった。たいがいの場合、道路の轢死体のようにぺしゃんこにされてしまうのがおちだった。
マイクル・コナリー「真鍮の評決(リンカーン弁護士)」下(講談社文庫)p353より


法執行機関の話をするのに裁判所は避けて通れない部分なので、簡潔に記しておく。
州法を管轄する州裁判所と連邦法を管轄する連邦裁判所の2系統が主である。州より連邦が上、という関係性ではないが、連邦法違反を争うのであれば州最高裁から連邦最高裁に上訴が可能である。
連邦地裁は連邦保安官事務所の章で触れたが、全米で94カ所あり、その判事は大統領による任命を受ける。
50か所でないのは、大きな州には複数個所設置されているからで、例えばカリフォルニア州はサクラメント(東部)、サンフランシスコ(北部)、ロサンゼルス(中部)、サンディエゴ(南部)の4か所ある。
ネットフリックスの「リンカーン弁護士」にはカリフォルニア州北部地区連邦地裁の印章をロサンゼルス連邦地裁(中部)の書類に用いて偽造がバレるシーンがあるが、さすがに調べるくない?って思った。
ネットフリックスはこういうあたりや、主人公が時差を間違える(リクルート)など作りが甘いところがある。ああ、裁判所の話から脱線した。。
ちなみに控訴審にあたる巡回控訴裁判所は全米に11カ所しかない。
日本の高裁支部のようなものも無さそうで、字面の通り馬で巡回してくれていた時の方がアクセスは良かったのかもしれない。
第9巡回区控訴裁判所はサンフランシスコに所在するが、ハワイやアラスカが管轄に含まれているので自分がハワイやアラスカの法曹で連邦事件を扱っていたらキレてると思う。
福岡高裁那覇支部有難やといったところか。なお今は「巡回」という語が取れて正式名称は「控訴裁判所」のようである。

5.おわりに
つらつらと日ごろ脳の一部に集積していたものを吐き出すような形で、物心ついたころから好きだったアメリカ合衆国の法執行機関について、ある程度まとまったものを書き上げることが出来た。
この分野、ネタを厳選すればそれこそ法学研究科の後期博士課程にも耐えうるのではないかという内容だが、今回は、学術的正確さは割愛し、自分の思うまま筆の流れるまま書かせていただいた。文語体と口語体が入り混じるのはご愛敬で。
自作ホームページの中学時代に書いたもののブラッシュアップとしてはまずまずの出来ではなかろうか。
AIや自動翻訳の制度が格段に向上した今、日本語文献の薄さに苦しんだのも良い思い出という実情である。
VTuber(恐ろしいことにこんなマニアックな分野にも存在する)が正確さを割愛し耳目を集める部分を強調して金稼ぎインプレッションに用いる今日この頃だが、そうした低きに流れる水に棹差すことが出来れば幸いである。

6.参考文献
文中に挙げたもののほかは、
岩田太=会沢恒=高橋脩一=板持研吾「基礎から学べるアメリカ法」(2020弘文堂)
太田茂「応用刑事訴訟法」(2017成文堂)
冷泉明彦「アメリカの警察」(2021ワニブックス)
アダム・プランティンガ「アメリカンポリス400の真実!」(2016 並木書房)



おわり

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